日日のきれはし。

新人シリーズを終えて。

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写真:Paulo Fukuchi

気がついたらお正月から更新してなかった…4日からずっと稽古稽古だったから無理もないけど、やはり3が日はそこそこのんびりしてしまったのだなぁ〜と思う。その分、明けてからはずいぶん自分の尻をひっぱたかなければいけなかったのだけど。

というわけで、昨日、ダンスがみたい!新人シリーズ9でのソロを踊り終えました。ゲネでは間違えまくりボロボロだったのでどーなることかと思ったけど何とか立て直すことができたのは本当に良かった。

小道具など何の仕掛けもないシンプルなソロでした。そんなに広いとは感じなかったし、踊りにくいってことはなかった。ぴちぴちの若い娘さん達の作品に挟まれて44歳の踊り初め(笑)。
一昨年から昨年あたりから試してきた動きのモチーフをもとに構成した。夫くんに言わせると「上手いんだか下手なんだかわかんないダンス」。って…よく見られているよ全く。確かに、今回のグループの中ではそういう見られ方をされても不思議はない。というか的確過ぎて、さすがクリティカルな乙女座、と思ってしまった。でもその路線を極めるのはそれはそれで難しい(極めるつもりなのか?)。


以下マニアックな雑感(やや意味不明)。
こういうショーケースに出るたび、自分のやりたいことをやり抜くのにいかに勇気が要るかを痛感する。やはりバレエをベースとした舞踊教育に対するコンプレックスみたいなものが根強くあるのかもしれない。踊る体を作る上で非常に有効なメソッドであることは体感しているし、その歴史を担ってきた方々にも敬意を払うが、所詮そこは自分の居場所ではなく、かといってアンチというわけでもないし、非常に中途半端な立ち位置にいるなぁと思う。だから覚悟がないんだよなぁ。きっと。けど、ダンスや体を作ってきたいろんな経験のうちの1つに過ぎないともいえるし、何であれ影響を受けることを排除するのは損だと思ってもいるので、その立ち位置はあまり否定するもんでもないと思ったりもしている。というかアンチ〇〇というのが嫌いなだけなんだが。

バレエもヨガもボディワークも動きを通して自分の体の見えない部分を探索するのが一番面白いのだし、そういうこと無しではたぶん自分のものにならないように思う。
だがしかし、メソッドはメソッドでしかなく、表現はその先、別のところにある、のだろう。ダンスを探す過程は、表現なのだろうか。それを人前でやっていいのかどうか。
わたしの踊りは基本的に探索系であると思う。
結局わたしを踊らせてるものは何なんだろうな〜と思う時、自分の身体やそれを取り巻く空間への興味に尽きるような気がする。
でも、それだけじゃ表現につながらないことはよくわかっている。ここ数年はずっとそのへんで格闘してると思うんだが、少しは何か変わってるんだろうか。
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by kuukazoo | 2011-01-13 19:04 | dance

猫よけのペットボトルの輪郭でたたずむ水に映るいちにち あるいは岩崎一恵のダンスって何?な今日この頃。写真:松本和幸
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