日日のきれはし。

銀色の球体について。

元サッカー日本代表の松田直樹選手が急性心筋梗塞で亡くなった。34歳という若さ。なんて呆気なさ過ぎる死。レイ・ハラカミさんの時も思ったけど、脳出血とか心筋梗塞でまだ若い人が亡くなってしまうということが信じられない。そういうのはもっと年を取った人や持病のある人に起こることだと思っていたから。でもそうじゃないみたいだ。健康だ、何の問題もない、と自分も周りも思っていた人が突然死ぬ。気をつけて、とは思う。けれど、気にし過ぎたら何もできない。だから、ある程度忘れることにして、バランスをとる。大丈夫、と思う。ある日やってくるかもしれない、こないかもしれない、死をある意味適当に飼い馴らす。

昔読んだ星新一の短篇で、タイトルは忘れたんだけど、流刑地となった火星での話。流刑となった犯罪者はボタンを押すと水がコップ一杯分出てくる銀色のボール大の球体を渡される。しかし、その球体は、一定回数以上ボタンを押すと爆発する仕組みになっている。いつ爆発するかは誰にもわからない。けれど、水のない火星で飲み水を得る手段はそれしかなく、球体を手放すことは渇き死にを意味する。犯罪者は死の恐怖に怯えながらも、生きるためにリスクを冒すしかない。
ラスト、流刑者である主人公は、いつ死ぬかわからない、というのは火星に限らずどこにいたって同じであるということに気づき、怯えながら生きることをやめ、ボタンを押しまくってバスタブに水をあふれさせ、開放感で満たされる、というかたちで話は終わる。

この話のことを震災後ずっと考えていた。
最初に読んだ時は中学生で、全然わからなかったけど、さすがに今はわかる。ような気がする。
震災を通じて、人間はいつ死ぬかわからない、全ては偶然でしかない、ということを強く感じたから。
そうはいっても、主人公のようには悟り(?)きることは難しい(あるいはやけくそか)。
いつ死ぬかわからない、ということを知りつつ、いつやってくるかわからない死に怯えて生きるのをやめる、というのは、死を忘れて生きることとは一見似てるようで違うように思うから。

「死ぬのはいつも他人ばかり」 って、寺山が言ってたね。
今は思う。全ての死は自分の身代わりだと。
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by kuukazoo | 2011-08-05 01:00 | 日日。

猫よけのペットボトルの輪郭でたたずむ水に映るいちにち あるいは岩崎一恵のダンスって何?な今日この頃。写真:松本和幸
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