日日のきれはし。

先週の土日月。

先週の土日は高2女子の学校の文化祭。この学校は文化祭への力の入れ方が全校的に半端ないようで、2年生3年生では全クラスが教室で劇をやるのである。女子は夏休み中も午前は部活、午後は文化祭準備、帰ってからもポスターチラシ団扇オブジェ(馬)その他制作にいそしみ、新学期が始まってからは作業は深夜にまで及び、部屋はまるで締切前の漫画家のように散らかり放題で布団を敷くスペースもない状態。さらに前日と初日は始発で登校。どんだけ忙しいねん。

そういうわけでちょっくら観に行ってきた。各クラスのエントランススペースの装飾の作りこみ方がすごい(特に3年生…そういうことに力入れてる場合なのか…まぁ高校生活最後だしって事で笑)。劇は女子のクラスのほか1クラス観た。まぁどうしても親目線でしか語れないので細かくは書かないけど、集団で1つのものを創りあげることにしっかりコミットしてる姿はいいもんだと思った。

そしてこの日はさらに他の場所で、期せずして、久々にコテコテのジャズダンスを観てしまった…いわゆるシアタージャズダンスというやつですか。いやー…自分も昔同じようなことしてましたが、もう無理っす。振り覚えられません。

日曜日。震災から半年、そしてアメリカの同時多発テロから10年、という…何というか、「その日」「その時」の前と後では全く違う世界になってしまった、という感覚が今は何となくわかる気がする。もちろん、家族や大事な人の命を理不尽な理由で奪われた人たちや住む場所や仕事を失った人たちにとっては間違いなくそうだろうとは思うのだが、それは自分には及んでいないものと考えていた。けれども何ヶ月後、何年後に「その日」の「その時」が巡ってくるたびに改めて失われたものの大きさやその痛みを感じずにはいられない。そんなことが起こるとは想像もしなかった時に戻ることはもうないわけで、すでに起こってしまった後の世界では、直接的に被害を受けてない人も何らかの形で痛みを引き受けるべきなんだろう。同じ時代を生きている以上、共有するべき大きな痛み、傷を負ったのだと、今にして思う。それは今に限ったことじゃないのだろうが、いつも気づくのが遅いのだ。

月曜日、出勤したら今まで消えていた廊下やエレベーターホールの電灯が煌々とついてて、違和感。眩しい。節電モードにすっかり慣れてしまって、明るさにおろおろする獣の気分。いくら電力使用制限が解除されたからって、元に戻せばいいってもんじゃないでしょに。もー。
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by kuukazoo | 2011-09-19 19:00 | 日日。

猫よけのペットボトルの輪郭でたたずむ水に映るいちにち あるいは岩崎一恵のダンスって何?な今日この頃。写真:松本和幸
by kuukazoo
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