日日のきれはし。

長い長い雑感@『見狼記』。

GW終わりの日曜日に、NHKのETV特集で『見狼記〜神獣 ニホンオオカミ』というのがやってたので観てた。秩父地方が狼信仰の中心であったというのは初めて知った。畑を荒らす鹿や猪を補食するニホンオオカミは、神様の使い(御眷属)として人々に畏敬されていた。秩父には狼を祀る神社が21社もあるらしい。
印象的だったのは、その神社の1つである釜山神社の宮司が行っている「お炊き上げ」という狼にご飯をお供えする神事。八十歳近い宮司が、月に一度、山頂にある奥の院へご飯が一升入ったお櫃を背負って登っていく。祝詞を上げ、ご飯をお供えする姿は誰にも見られてはならないのだそうだ。また、秩父では住民がオオカミ講を組んで回り持ちで「お炊き上げ」を行っている地区もあり、やはり家の主が真夜中に祠へご飯を供えに行く。もう時代に合わないので止めようかという話も出るが、「止めた後が恐い」ので続けているのだという。肉食獣の狼にご飯供えてどーすんねんというツッコミもないではないが、ご飯は狼の餌ではなく、狼を遣わす神様、または神格化した狼(大口真神)に対する神饌なのだ。

衰えつつある体をおして宮司が月一回山を登るのも、止めた後が恐いという理由でオオカミ講が続いているのも、信仰の根強さを示しているように思う。狼を通して人々が感じ、敬い、畏れるものとは、やはり自然そのものだろう。
とはいえ、自然とは祈りが通じる相手ではない。それでも祈ること、自然への敬意や畏れを示す行動が、自然の運行のどこかに組み込まれていると信じることで、そこに意味を見いだすことはできるのかな、とは思う。ちょっとカオス理論ぽい?違うか(笑)

他にも狼の頭骨信仰とか興味深い話もいろいろ出てきたが、これらの話と平行して語られるのは、絶滅したはずのニホンオオカミを1996年に秩父山中で目撃した八木さんという人の話。現在も彼はニホンオオカミを探し続け、山のあちこちに赤外線カメラを仕掛けたり山に分け入っては狼の遠吠えをしたり、ちょっと常軌を逸してるかもしれない。
常軌を逸してるといえば、絶滅したニホンオオカミを復活させようとした人がいたんだそうだ。奈良で教師をしてた人だったらしいが、熊野の山中には狼の血を引く野犬がたくさんいたので、それを捕まえてきて交配に交配を重ねて限りなく狼に近づけようとした。交配は約30年続けられ、狼に近い性質を持った個体を戻りオオカミと呼んだ。
ところで、ニホンオオカミと犬の区別はすごく難しいらしく、外見ではまず無理らしい。ニホンオオカミには頭蓋骨に特有の凹みがあるので、それを確認しない以上、厳密にはニホンオオカミとは呼べないのだそうだ。ってことは、ニホンオオカミが生きているとしても、生きているうちはそう呼ぶことはできない。それでも存在しているといえるのかどうか…
むずい。

番組を見ながら、人をある行動に駆り立てる理由として、現実にいるのかいないのか、合理的か否か、ってのはそれほど重要じゃないのかもしれない、と思った。息を切らしながら山を登る宮司の姿を見ながら、タルコフスキーの『ノスタルジア』で主人公が火を運ぶシーンがふいに思い浮かんだ。
[PR]



by kuukazoo | 2012-05-12 19:51 | みたもの。

猫よけのペットボトルの輪郭でたたずむ水に映るいちにち あるいは岩崎一恵のダンスって何?な今日この頃。写真:松本和幸
by kuukazoo
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

リンク。

備忘録的twitter
たんなるメモと断片のコレクション
直ダンス!『春の燈』
2008年4月12・13日東中野RAFTにて
セラピストががんになったーカラダ・ココロ・タマシイを巡る旅ー
病というギフトを得たダンスセラピストの体験記録

ライフログ

ときどきの本たち。

ファン

ブログジャンル

画像一覧