日日のきれはし。

Suspended。

「見ているってことは手出しができないってことなんですね。そう、おっしゃる通り、手を出してもよかった、というか出すべきだったかもしれない。咄嗟に支えてやるとか、抱きとめてやるとかね。わたしにはそれができなかったんです。そこなんだ、問題は。自分の周りの世界にいきなり亀裂が走っても、わたしはそれをただ見ていることしかできないんだな。」
松浦寿輝『そこでゆっくりと死んでいきたい気持ちをそそる場所』新潮社 より引用



きこり文庫『人という字は』では、アトリエセンティオの天井に渡された鉄パイプにぶらさがって耐え切れなくなって落下する、というのがありました。わたしは一番最初にぶらさがって他の人がぶらさがるまでなるべく耐えなくてはならなかったのですが、何回もやるうちに腕と掌が悲鳴をあげ始め、最後の回では掌に汗をかいていたこともあって結構すぐ落ちてしまい、我が身の情けなさを痛感したのでした。
で、この作品でいちばんやっていてこわい、と思ったのがこのぶらさがるシーンで、別に床に落ちる痛さとか、誰かにぶつかるんじゃないかとか、そういうことがこわかったのではなく、ぶらさがっていて、手がだんだん耐え切れなくなってきて、パイプを握っていられなくなって、すべりおちるまでのその過程、「ぶらさがる」が「落ちる」に移り変わるその一瞬を待つしかない、ということ、その瞬間がいつ来るかはわからないがそれは必ずやってくる、ということ、そのただ「待つ」しかないあまりに受け身な「ぶらさがる」という状態にあるからだ、であるということが、とにかくこわかったのでした。

こわかったけど、やりたくない、とかそういうふうには思いませんでした。それは作品としてやらねばならないことで、それは自分のソロ作品だろうが人の作品だろうが同じことなのです。また、作品とはそういうものであるように思います。

しかし、だからこそつくづくダンサーは体が資本です。
もっと磨いて鍛えねば。
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by kuukazoo | 2007-03-23 02:49 | dance

猫よけのペットボトルの輪郭でたたずむ水に映るいちにち あるいは岩崎一恵のダンスって何?な今日この頃。写真:松本和幸
by kuukazoo
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